介護体験ひとりごと cara_taiken.gif

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福なる福祉の快護&快語
 介護という言葉を広辞苑(第2版)で調べてみたら載っていないことに驚く。エッと思い、新しい方の広辞苑(第4版)で調べてみたところ病人などを介抱し看護することとある。考えてみれば私の学生時代には介抱と看護という言葉はあっても介護という言葉はまだ登場していなかったような気がする。それで、たまたま古い辞書に介護という言葉が載っていなかったこともあって語源が気になり私なりに調べてみることにした。

 ホームヘルパー養成研修2級課程のテキスト(財団法人長寿社会開発センター)によると介護という言葉は、旧陸軍の傷兵院や廃兵院等で用いられた用語がルーツといわれ、介助の「介」と看護の「護」を組み合わせたものが語源のようである。そして、介護という言葉が公的に登場したきっかけは、1963年(昭和38年)に制定された老人福祉法と関係があり、老人福祉法の制定によって寝たきり老人を対象とする特別養護老人ホーム(以下、特養と略)が新しく設置されたことが始まりのようで、特養の設置は、欧米にあるナーシングホームを参考にしたと伝えられるが特養の入所者はなんらかの病気や障害のある人であるためだれが世話を行うかが問題となったようである。

 当初は欧米のナーシングホームをモデルにして看護婦をあてることを考えられていたが、現在もそうであるように看護婦は慢性的に不足状態にあり、看護婦に特養の高齢者の世話をあたらせることは現実的に不可能であったため(1)特養の入所者は家庭での世話が困難なケースであること、(2)特養は家庭に代わって世話をする場であること、(3)世話にあたる人は家族に代わって行うということから、特養の高齢者の世話は、従来の老人ホームで高齢者の世話にあたっていた素人の寮母をあてることになった。それで、寮母には看護婦の資格がないので寮母の行う行為を看護と呼ぶことはできないということから、「介護」という新たな造語が誕生したとのことである。さて、このような誕生の背景を踏まえて「介護」という言葉をもう一度考えてみると、広辞苑(第4版)では病人などを介抱し看護すること、社会福祉用語辞典では介助し保護することをいうとある。

 介抱と介助、看護と保護、どちらも世話をするという概念を形成しているが、私の中での「介護」は看護するというよりも介助し保護するという概念が強い。そしてどちらかといえば私の場合、快く護るということから「快護」という風に表現をしたい。これは、『そのとき役立つ介護読本』の著者である越智登代子氏も介護を「快護」という言葉で表現している。私が編集を担当している「ふくふくかわら版」という福祉コミュニケーションペーパーに『朗人快護』という老人介護をテーマにした連載コラムがある。タイトルは執筆をお願いしている建築家の西岡弘氏のアイディアによるものだが、私はこの概念が今後における介護の姿勢だと考えている。

 越智登代子氏は、「介護をしている」あるいは「介護が始まる」と言うと、「まあ、それは大変ですね」という言葉が必ず返ってくるという。確かにいちばん人任せにはしたくない命の営みを、人の手に委ねることだから、委ねる方も肉体的にも精神的にもさまざまな「大変」を丸ごと受け止めなくてはならないから当然ではある。そして、介護には体験した人にしか分からない大変さがつきまとうのと、体験した人だけが手にできる不思議な秘密があるという。その秘密は、介護が始まっても日々の大変さの陰に隠れ、はじめのうちはなかなか姿をあらわさないが、介護にようやく慣れ、少しずつゆとりが生まれはじめた頃から見えてくるようになり、いつの日か逃れたいだけの介護や大変なだけだった介護からある日突然、言葉にならないたくさんの感動や発見に変わる瞬間が訪れるとのことである。

 私も間接的にではあるが、感動や発見を覚える場面に遭遇したことがある。昨年の8月の昼時、福岡市の中州という大通りに面したバス停の横でスーツに身をまとった老紳士が倒れていた。傍にはスチュワーデス風(出で立ちがスチュワーデスの制服風だった)の女性が介護していた。「何かお手伝いしましょうか」と申し出たところ、「めまいを起こしたようなので救急車が来るまではそのままにしていた方がよい」とのことであった。そして、バス停前のレストランのウェイトレスがそれに気付いたのか、水とお絞りをもってきて介護している女性に手渡した。「ありがとう」とお絞りを受け取った女性は、倒れている老紳士のネクタイをゆるめ、ひたいの汗を軽く拭っていた。救急車が到着したところで、その女性は救急隊員に状況説明をしてバトンタッチし、救急車が発進するのを見届けてから私たちに「ありがとうございました」と言って去っていた。何か映画のシーンのように格好いいが、あの時私は何ともいえない心地よさと、いざという時に果たしてあのような冷静な態度の介護が私にできるのだろうか…と不安になったことを覚えている。

 このようなことがあって、私にはまだ直接的な介護体験はないが、私にとっての介護とは「快く護る」という意味の快護が根付いている。そして今、「ふくふくかわら版」の取材をとおして介護福祉の奥の深さに圧倒される毎日の連続である。

「ふくふくかわら版」編集人   新垣洋史

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